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院長紹介

はじめまして。院長の那須あゆ美です

私が鍼灸師になったきっかけは、鍼灸施術をうけることによって、自分の健康と元気を取り戻した体験がきっかけです。

会社員時代、日常生活に支障がでるほどの生理痛に加え、うつ病になってしまいました。3年にわたる闘病生活から私を救ってくれたのは、鍼灸、足つぼ、アロマテラピーでした。

東京生まれ。父の仕事の関係で、小学校2校、中学校2校と転校し、引っ越し回数は13回にもなります。

一番遠いところは鹿児島でした。それまで東京と千葉を行ったり来たりしていました。初めて聞く鹿児島弁。まったく意味が分からず困惑しました。それでも転校して1年たつころにはすっかり鹿児島弁が板についていました。
歌うこと、演じることが大好きで、小学校の学芸会では主役を務めたこともありました。

高校は木更津でした。高校卒業と同時に上京。大学入学を目指して浪人、寮のある予備校で勉強しました。

大学では、4年間、演劇部に所属し部活動に明け暮れました。演劇部では衣裳を担当し、お芝居の雰囲気にあわせたデザインを考え、衣装をせっせとつくりました。仲間とともに夜なべしたことや、講演終了後の打ち上げでお酒をたくさん飲んで喋って歌ったのはとても楽しい思い出です。

「頑張り屋の那須さん」と言われるのが好きでした。


私と生理痛

中学2年生の頃から生理痛がひどくなりました。

あまりの痛みに椅子に座っているのも困難で生理になるのが怖かったです。

中学3年生の夏休み、家族で海水浴に行くことになりました。待ちに待ったその日の前日、私は生理になってしまいました。おなかが痛いけど、海にも行きたい。鎮痛薬を飲み、父の運転で連れて行ってもらった海岸で私は痛いお腹をさすりながら横たわっていました。
夏のとても暑いさなかなのに、私はお腹が冷たくて痛くて、しまいには海岸で戻してしまいました。

社会人になっても痛みは続きました。

大切な締切日と生理が重ならないか、いつもひやひやしていました。

生理が来たら痛みがなくても鎮痛薬を飲み、二日目には鎮痛薬も効かなくなり座薬を使いました。それでも効かないと地獄で、お腹の痛みのために身体をまっすぐに保てずデスクに座っていられません。見かねた上司に「早退」を命じられ帰宅の途につきましたが、電車でもまっすぐに座っていられないため、タクシーで帰宅するのでした。腹に氷のベルトを巻いているかのような冷え。痛みで吐いてしまうことがありました。
痛みで遠のく意識の中、やっとの思いで帰宅し、ベッドに倒れ込む、そうな状態が毎月続いていました。

婦人科では「子宮内膜症・チョコレート嚢胞」と診断され治療方法は「手術」か「ホルモン療法として生理を半年止める」の二択でした。手術は怖いのでホルモン療法を選びました。生理を半年間止める注射をしましたが、ホットフラッシュ、吐き気、立ちくらみなどの副作用に悩まされました。
副作用に耐えて注射を続けても生理が復活するとまたもとのように痛み、ドクターからは「もう手術しかない」と言われました。


私とうつ病

31歳でうつ病になってしまい、休職するも回復せず退職を余儀なくされました。今、振り返ってみると、20代後半から身体に変調が出始めていました。

大学卒業後、ワイン販売のお店で働き始めましたが、4か月で退職。転職活動をするも就職氷河期のため決まらず派遣社員として働き始めました。派遣されて2社目は不動産関連の会社で、女性だけ50名ほどいる部署でした。そちらで働く女性の輝いていたこと、私は触発され正社員として働く決心をしました。当時、使える人がまだ少なかったパソコンのスキルを磨き、転職活動に臨みました。その結果、中古車関連の上場企業の募集、100名の希望者の中から採用通知をいただくことができて正社員になれました。
こんなに狭き門を突破して、選んでいただいたのだから一生懸命に働いて「那須を採用してよかった」と思ってもらえるように期待に応えたいと強く思いました。電話での顧客対応、クレーム処理、データ入力、キャンペーン企画など任された仕事は全力でこなしました。部署は人手不足、仕事が終わらず終電で帰ることも珍しくありませんでした。
このころから勤務中に胸が苦しくなることがありました。胸がバクバクと強く鼓動し息苦しくてデスクに座っていられない。トイレにかけこんで収まるのを待つようなことが数か月続きました。
「心臓の病気かもしれない」と心配になり、かかりつけの内科のお医者さんに相談しました。「肋間神経痛だから放っておけば治るよ」と言われました。「肋間神経痛」って何だろう。インターネットで調べましたがよくわからない。でも、お医者さんが放っておいてもなおると言ったので信じようと思いました。

31歳の時、異動辞令が出ました。

秘書業務を担当していた役員が営業部門の新会社の社長をすることとなり、私も新会社に出向扱いで一緒に行くようにということでした。秘書業務と兼任で新会社立ち上げ業務も担当することとなりました。
新会社のメンバーは、社長と営業部門をまとめる上司4名、全国の営業マン15名ほど。その中で女性社員は私だけでした。私の担当は秘書業務、営業事務、営業企画、一般事務、来客応対、顧客管理システムの開発、さらに経理も担当するようにと言われましたが、これ以上は難しいと経理担当の派遣社員を雇ってもらうことにしました。そのほかこまごまとした仕事は全部女性である私の担当となりました。
朝9時半に外線電話の留守電を解除すると電話が鳴りっぱなしです。入会希望のお客さま、全国の営業マン、さらに社長とのアポイントを求める方々からの内線。トイレに行く時間もゆっくり食事をとる時間もありませんでした。電話と電話の合間に担当している仕事にとりかかるも、すぐに電話や来客対応で作業を中断しなければならない状態で、なかなか仕事が進みません。18時に外線電話を留守電にすると、営業マンからの報告の電話が入り始めます。地方でひとりで働いている営業マン、悩みやさみしさもあり、電話が長引きます。電話が落ち着くのは19時。それから私はたまった仕事を始めるのでした。相談できる同僚も上司もいませんでした。

プライベートでもアクシデントが発生し、仕事から帰宅しても緊張状態が続きました。
だんだんとなかなか寝付けなくなり、眠りについてもすぐに目覚める浅い眠りの日がつづきました。ある朝、ベッドから起き上がれなくなりました。体に力が入らない。ベッドに頑丈な鎖でつながれたかのようでした。
毎朝泥沼にはまったかのような身体との戦い。こんな自分に嫌気がさしてイライラしはじめ、こぶしで太ももをたたいても足は動きません。もう出発しなければならない時間なのに時間だけが過ぎていきました。遅刻の時間となる。もう動くのをあきらめて枕元に置いてあったケータイで会社に休むと連絡を入れたら、少し体の緊張が解けてきた。

これはおかしいと思い始めて、精神科クリニックに行くことにしました。

「会社を休んでください」休職勧告だった。

「那須さんはうつ状態です。今はお仕事ができる状態ではありません。仕事もプライベートもよくがんばりました。休養が必要です」理解できなかった。

私はこれまでがんばればなんでもできたし、がんばればできないことなんてなかったし、なんでもがんばってやってきたし、なのになんでがんばれない自分になってしまったのか。休職なんてとんでもない。

「今のところ休職なんて考えられません」と返事をしました。軽めの精神安定剤を処方される。

副作用で目がかすんだようになるかもしれないと言われました。

しかし、ベッドから起き上がれず出社できない日が続き、やはり休養が必要だと気が付いたので、1年間の休職期間をいただきました。

自宅療養でまじめに薬を飲んでも、うつ状態はよくなりませんでした。身体が動かない、眠れない、やっと眠れても浅い眠りで悪夢をみて自分の叫び声で目覚める。お風呂に入れない。
音が怖い、光がまぶしい、人目が怖い、歩くとふらふらする、そんな状態で自宅から出るもの困難になり、二週間に一度の精神科通院以外は自宅に引きこもりでした。

精神科医師からは「元気だっだ那須さんはまぼろし。那須さんは難治性うつ病だから、今後の人生は病気とうまく付き合っていく覚悟をしてください」と言われました。

もう元気な自分には一生戻れない、何のために生きているのかわからず、暗闇の中を歩いているようでした。

薬だけではよくならないんじゃないか。。。

そう思った私は、インターネットで情報を集め始めました。鯉の生き血のエキスを飲んだり(生臭くて1回でリタイヤしました)、睡眠に効果があるというレタスを山盛り食べたり。

そして、アロマテラピー、足つぼ、鍼灸に出会ったのです。こんなに身体が楽になることを、他のうつ病の患者さんは知らないのではないか。

うつ病や生理痛で悩んでいる人の力になりたいという想いが高まり、鍼灸師になる道を選びました。

とはいえ、まだうつの症状が残っていましたので、鍼灸学校通学はリハビリも兼ねていました。だんだんと学校にも慣れ、3年間の厳しい勉強、難しい試験に合格し、やっとの思いで鍼灸師になれました。

今では、生理痛、冷えが楽になっただけでなく、うつ病という精神的な問題からも解放されました。

医者から難治性だから諦めなさいと言われたうつ病を克服できたのです。みなさんにも元気な自分を諦めないでいただきたいのです。

明るい未来を信じでいただきたいのです。

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